例会

令和2年5月20日 会長挨拶

小牧ロータリークラブの皆さん、元気ですか。
ようやく愛知県で緊急事態宣言が解除になりました。
まだまだ安心はできませんが一歩前進であることに違いありません。
解除を受け経団連から企業向けに具体的な対策ガイドラインが出されました。
通勤形態への配慮、感染予防策の徹底、職場環境の充実などを挙げています。
どれも企業経営する側としては真摯に取り組まなければならない課題です。

その中で人と人との接触を8割減らす方法として「週休3日制」を挙げていました。
そんな無茶なことをとボヤキながら「これもありかも」と思い直しました。
実は歴史を10,000年前にさかのぼると日本は縄文時代に「週休4日制」の社会でした。
私は時々長野県茅野市にあるひっそりと建つ縄文博物館を訪れます。
ここには「縄文のビーナス」と「仮面の女神」という国宝が2体も展示されています。

八ヶ岳南麓は縄文時代に日本でも有数の巨大集落がいくつもありとても栄えていました。
一般的に農耕定住型民族は高度で豊かなのに採取(木の実を採る)狩猟(動物を狩りする)民族は野蛮で貧しく食べ物を求めてうろうろ歩くというイメージがあります。
ところがそれは誤解で採取狩猟型の縄文社会は私たちが想像するより豊かで生活レベルが高かったことがだんだん判ってきました。
自然が豊富で労働は週3日残り4日は休日でそれでも食べ物を十分確保できました。
食料調達で歩くのは1日に10㎞以内の近場でした。
遠くへ狩りに出かける時は1週間行ったあと帰ってきて3週間休むというパターンでした。
集落の人口の40%は労働せず子どもと遊んだりぶらぶらしていたそうです。

今で言うベーシックインカムが機能していました。
それでも集落全体のタンパク質摂取量は農耕民族よりも30%多く栄養は足りていました。
縄文人が食べていた食物の種類は哺乳類60種、鳥類35種、魚類70種、貝類350種、植物55種以上と現代人をしのぐほどバラエテイに富んでいました。
大きな川には鮭の遡上があり時期になると川が黒光りするほどでした。
春先は内陸にもかかわらず初ガツオを食べていました。
栃の実をクッキーに仕立て貯蔵食物として保存し天候不順に備えていました。
話がそれてしまいましたが縄文人が週休4日なら現代人の週休3日もありかもしれません。
数年後には今までの働き方は何だったのかと不思議に思うくらい働き方のパラダイムシフトが起きるかもしれないと思った経団連のガイドラインでした。

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